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第7回 「労働紛争への対応」 ③

過労死等に対する取組みの背景

コロナ禍で人と接することが少なくなり、家に籠る時間が多くなった結果、我々の生活は新しい生活様式(ニューノーマル)に変化しました。ビジネスの分野では、ITを駆使したDX(Digital Transformation)*1による働き方の変化が見受けられるようになったことを代理店の皆さんも実感しているのではないでしょうか。

思い返せば、私が就職した当時は、e-mailや携帯電話などは存在せず、ひとたび職場を離れれば何にも追い掛けられることなく、ゆっくり過ごす日常が当たり前であったような気がします。
現在は24時間、365日、いつ、どこにいても連絡が着く便利な時代になりましたが、果たして人は、本当に心身ともに休まる時があるのでしょうか。

企業が厳しい成果主義を導入し、業務効率化や雇用形態の多様化を進めたことにより、職場環境は大きく変化しました。この様な環境下にあり、労働者は「長時間労働」や「業務荷重感」による過重労働で強い心理的負荷を受け、「脳・心疾患」や「精神障害」を発病し、健康を害しています。
政府は労働者の健康確保に向け、働き方改革の中で過重労働やメンタルヘルスへの対策と位置付けて労働環境の改善に着手しました。今回は、この取り組みに至った背景を紹介いたします。

  • 過労死等*2の労災認定
    我が国における自殺者数は、平成10年以降、14年間連続で年間3万人を超えていました。この中から「勤務問題」が原因と推定される自殺者数の詳細を確認したところ、その原因・動機では「仕事疲れ」が約3割を占め、次いで「職場の人間関係」が2割強、「仕事の失敗」が2割弱、「職場環境の変化」が1割強となっています。

    厚生労働省が平成11年に「自殺」を「労災」とする新しい労災認定指針を示して以降、「過労自殺」を労災として認定するケースが増えました。
    毎年、厚生労働省は「過労死等の労災補償状況」で業種別の労災請求件数や支給決定件数を公表していますが、その中でも仕事による過重労働やストレスなどに起因した健康障害による労災請求が増えています。


    過重労働については、「脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準」の改正(厚生労働省:平成13年12月12日)により、脳・心臓疾患発症前の法定外労働時間と発症の関連性を示した認定基準を設けて労災認定の目安を付けました。

    また精神障害については、これまで平成11年に定めた「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」に基づいて労災認定を行っていましたが、発病した精神障害が業務上のものと認められるかについて、より迅速な判断ができるように「心理的負荷による精神障害の認定基準」(厚生労働省:平成23年12月26日)を新たに定め、これに基づいて労災認定を行うようになりました。

  • 裁判による労災判決
    平成12年、従業員の過労自殺に関わる民事上の損害賠償事案について業務と自殺の因果関係を認めた初めての最高裁判決がありました。
    従業員が慢性的な長時間労働に従事していたところ、「うつ病」に罹患し、自殺に至ったことから、遺族である両親が会社に対して損害賠償を請求した事案です。
    最高裁判所の判断は、長時間労働によるうつ病の発症、うつ病罹患の結果としての自殺という一連の連鎖が認められ、因果関係ありとされました。
    本件の結論としては、二審の損害額の算定(減額)についての判断を破棄、差戻し(裁判のやり直しを命じること)とされましたが、その後の差戻審(東京高裁における審理)において、最終的に会社が約1億6,800万円を支払う内容で和解が成立しました。

    それまでの裁判例では、自殺という行為は、本人の判断能力が認められる場合、業務との間の因果関係を認めることに慎重でしたが、本件では長時間労働によるうつ病の発症、うつ病罹患の結果としての自殺という一連の連鎖が認められる限り、本人の判断能力は問題とされませんでした。

    したがって、この裁判は、従業員の過労自殺に関わる民事上の損害賠償請求事案として、因果関係を認めた初めての最高裁判決として重要な意味をもたらしました。

    労働により「精神障害」を発病するストレスの要因には「人間関係」、「仕事の質」、「仕事の量」、「会社の将来性」、「昇進、昇給の問題」、「定年後の仕事・老後の問題」などが掲げられますが、その中でも「人間関係」は労働紛争で大きな割合を占める「いじめ・嫌がらせ」というハラスメント発生に繋がる要素であるため、職場の環境を良好に保ち、労働者の安全に配慮する義務がある企業にとって重要な課題でもあります。


DX(Digital Transformation)*1:
「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革し業務内容や企業文化・風土も変革しながら、競争上の優位性を確立すること・・・」

過労死等*2:
過労死等防止対策推進法第2条において、「業務における過重な負荷による脳血管疾患若しくは心臓疾患を原因とする死亡若しくは業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡又はこれらの脳血管疾患若しくは心臓疾患若しくは精神障害をいう。」と定義されています。

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