私達は幼い頃より、地震や台風などの自然災害への備えとして、少なからず「防災」への取組みに関ってきました。防災とは「災害を防ぐ」ことであり、私自身はこの言葉に違和感がありませんが、皆さんは如何でしょうか?
1962年に施行された「災害対策基本法」は日本に災害対策のあり方を初めて示した法律であり、ここには「防災」を目指すことが記されています。その後、1990年より国連が中心となって進められた「国際防災の10年」では、「Disaster Reduction」を「防災」と訳して活動が進められました。
しかし、2011年に発生した「東日本大震災」で甚大なる被害の発生を経験したことで、自然災害をゼロにする「防災」は不可能であり、できるだけ被害を少なくするための「減災」を現実視した法改正が行われました。その後、さらに「想定外」を禁句とし、「起こること」を前提として最悪のシナリオや過酷な事象への対策を進めるべく「縮災(Disaster Resilience)」の視点で「強靭性」、「抵抗力」、「回復力」などを含む現実的な取組みを目指すところとなりました。
前号に記載した「中小企業強靭化法に基づく事業継続力強化計画認定制度」では、より多くの中・小規模事業者(以下、中小企業)がこの「減災・縮災」への取組みを目指すことにより、国が掲げる国土強靱化の実現に繋がっていくと言えます。
今回は、これから代理店の皆さんが、お客様である中小企業の減災・縮災への取組みに参画され、その普及活動をサポートする機会が増えていくことを想定して、夏季に発生リスクが高まる「風水害」への備えについて採り上げます。
- 風水害の被害想定への認識
近年、日本列島は、平成29年九州北部豪雨、平成30年九州豪雨・西日本豪雨、令和元年房総台風(15号)・東日本台風(19号)などの水害に見舞われています。その中でも令和元年の1年間の水害被害額は約2兆1,800億円となり、その内、令和元年東日本台風による被害額は約 1 兆 8,800 億円に及び、統計開始以来、最大の被害額になりました。
この令和元年東日本台風では、広い範囲で記録的な大雨が降り、関東・東北地方を中心に計140箇所で堤防が決壊し、河川が氾濫したことで大規模な洪水が発生しました。あわせて、東日本を中心に20都県にわたって950件を超える土砂災害が発生したことで、極めて甚大な被害が発生しました(出典:令和元年の水害被害額(確報値)「国土交通省」より)。
日本列島に甚大なる被害をもたらした、この令和元年東日本台風には、「大型」で「非常に強い」、台風の外側にある帯状の雲(アウターバンド)が大河のように広範囲に及び、アマゾン川の水量を超えると言われる大量の水蒸気を運んできたという特徴がありました。その背景には、発達過程においてインド洋と南シナ海の2ルートで大量の水蒸気を含み、日本近海の海水温が高かったことで勢力が衰えなかったことがあります(※水深50メートル付近の海水温が高いと、台風で海水がかき混ぜられても暖水が上がってくるため台風の勢力は衰えません)。
また昨今、台風以外で日本列島に甚大な水害を及ぼす原因には「線状降水帯」があります。
従来は著しい大雨被害を「集中豪雨」と表していましたが、平成26年8月豪雨による広島市の土砂災害以降は、次々と発生する雨雲(積乱雲)が列をなし、数時間にわたってほぼ同じ場所に停滞する線状の降水帯を「線状降水帯」と呼ぶようになりました。
気象庁の分析によれば、平成7年から平成18年に発生した台風以外の集中豪雨の内、その約6割が「線状降水帯」によるものであるとのことであり、近年では、頻繁に日本列島に洪水被害をもたらすリスクとなっています。
また気象庁は、2021年6月17日より「顕著な大雨に関する情報」の発表を開始しました。この情報は、大雨による災害発生の危険度が高まり(警戒レベル4相当以上)、さらに線状降水帯による非常に激しい雨が同じ場所で降り続いている状況で発表されるものですが、現在の技術では十分な予測が難しい状況であることから、「線状降水帯」の存在を認知し、「洪水災害」や「土砂災害」の危険度が急激に高まっていることを伝えることにより、いち早く住民を「避難させる」など「減災」への行動に活用することが望まれます。
風水害によるリスクとしては、台風・竜巻の強風による建物・設備の倒壊や飛来・落下、降雨に伴う河川の氾濫(決壊、越水、溢水など)や内水氾濫による浸水、土石流・地滑り・がけ崩れなどの土砂災害、その他海面水位上昇と風による高潮浸水被害の発生が想定されます。
風水害による被害を最小化するためには、最悪の事態に備えて洪水浸水被害の想定を認識し、台風や豪雨などに関する気象情報や河川情報を収集して危険を認知・判断することで、いち早く「減災」への行動をとることが重要になります。
- 備えるべき計画の見直し
事業継続力強化計画認定制度では、「事業継続力強化計画の記載項目*」に基づいて申請を行い、経産大臣から認定を受けることになります。この計画の策定時には、先ずハザードマップで自然災害リスクを把握した上で危険を認知することが必要となるため、洪水浸水想定区域図(浸水想定最大規模)を用いて事業拠点所在地ごとの現状を認識します。
平成30年九州豪雨は、熊本県の特別養護老人ホーム(以下、施設)が浸水し、14名の死者を出しました。この時、熊本県では2015年(平成27年)に改正された「水防法」に基づく1000年に1度(1/1,000(0.1%))の豪雨を想定した浸水想定区域図を用いて想定最大規模を10m~20mの浸水深とするBCPを用意していました。その一方、この施設のBCPは国交省の基準に基づき80年に1度の豪雨を想定した計画規模であったため、浸水深を50cm程度とする避難計画になっており、想定外の出来事になってしまいました。
このことから、事業継続計画の策定後においても、今後も大きく環境が変化することがあり、想定されるリスクも変化していくことを前提として、BCPの実効性を維持し続けるためには定期的にデータをアップデートすることが重要であることをご理解いただけるものと考えます。
しかしながら、事業継続力強化計画を策定していても、実際に「避難」を行うことは簡単ではありません。現在、各自治体が避難勧告を発令した場合の住民の避難率は10%にも満たない状況であり、この背景には、避難行動を妨げる理由があるようです(4月28日の法改正により、警戒レベル4の「避難勧告・避難指示」を分かり易くするために「避難指示」に一本化しています)。
具体的には、日頃の避難訓練の空振り、人の行動制限となる「同調性バイアス」(避難しない周囲の人に合わせて行動しない心理)、「正常性バイアス」(自分だけは大丈夫、安全であると考え、ある程度までの異常は異常とは認識せず、正常な状況であると考えてしまう心理)などの理由があり、これらが住民の避難開始判断を鈍らせる原因になっています。とくに「避難指示」が発令されている等の場合には、気象情報や・河川情報等に基づいて自然災害が発生していることを認識し、危険を認知し、避難判断基準を設けて行動することが求められます。
自然災害により甚大なる被害が発生した場合、「想定外」であったと表現することがあります。今後も地球温暖化に伴う環境の変化はめまぐるしく、自然災害が日本列島の広範囲に甚大なる被害を及ぼすリスクがますます高まっていくことでしょう。
BCPは最悪の事態を想定したうえで計画する必要があります。定期的に緊急時におけるシミュレーション(訓練など)の実施を通して共有化を行い、内容を見直すことで実効性のあるものとすることをお勧めします。
事業継続力強化計画の記載項目*
- ハザードマップ等を活用した、自社拠点の自然災害リスク認識と被害想定策定
- 発災時の初動対応手順(安否確認、被害の確認・発信手順等)策定
- ヒト、モノ、カネ、情報を災害から守るための具体的な対策
- 自社にとって必要で、取り組みを始めることができる項目について記載
- 計画の推進体制(経営層のコミットメント)
- 訓練実施、計画の見直し等、取組の実効性を確保する取組
- (連携をして取り組む場合)連携の体制と取組、取組に向けた関係社の合意